軽い音を立てたドアフォンに、本多はきょとんとした。
積み重なった段ボール箱をまたぎ、はいはい、と返事をしながら玄関に走る。
「あれ?」
開けたドアの向こうに立っていたのは、思いもよらない人物だった。
「どうした? 克哉」
「近くに用があったから、寄っただけだ」
素っ気なく答えると、克哉は本多の肩越しに、ちらりと室内を見やる。
「大体片付いたのか」
「ああ、まあな。もうすぐだしよ」
本多は、段ボール箱まみれで家具がほとんど消えた部屋を振り返った。
「せっかく来たんだから、上がって行けよ。何も無えけど」
「ああ。元々そのつもりだ」
断られるかも、と半分びびりながら誘った本多に、克哉はあっさりと返した。
本多は目を丸くし、玄関で靴を脱ぎ始めた克哉を、まじまじと見つめる。
「…へ?」
「何だ、その顔は。さっきのは社交辞令か?」
「あっ、いや、そういうわけじゃねえよ! まさか、お前がOKしてくれるとは思わなかったからよ」
慌てて答えつつ、本多は思わず頬を緩めた。
出立の日まで後わずか。しばらく顔も見られなくなるから、こうして少しでも一緒に過ごせるならありがたい。
克哉は勝手知ったる他人の家とばかりに上がり込み、座る場所を探しているようだ。
「あ、悪い。だいぶ、処分しちまったしよ。そこ座ってくれ」
本多は流し台に向かいながら、かろうじて部屋にまだ残っていたベッドを指す。
頷いた克哉が、ベッドに腰を下ろすのを見てから、本多は冷蔵庫を開けた。
もちろん、こちらも処分を間近に控えているので、最低限のものしか入っていない。
「悪い。ペットボトルの茶しか無えや」
「それでいいさ。最初から、お前の家で旨いものは期待していない」
克哉の物言いに、本多は、ひでえなぁ、と返しつつ笑みをこぼす。
こんな、遠慮のないやり取りもしばらくはお預けになる事に、さびしさを覚えながら。
「…なあ。克哉」
ペットボトルを差し出しつつ、ベッドに悠然と腰かけている克哉を見下ろす。
「何だ」
「いや、もしかして、お前も…」
さびしいのか、なんて思わず口走りかけ、本多は慌てて口をつぐむ。
いや、まさかな。だって克哉だぞ。そういう殊勝な奴じゃない。
でも、そうだったらいいと望んでしまう己に内心で苦笑していると、いきなり手を引かれた。
「え? う、うわっ!?」
腰掛ける克哉に向かって前屈みになっていた本多は、いきなりの事に踏ん張る事もできず、一瞬の内に、ベッドの上に引き倒された。
「何しやがる、克哉! …っ!?」
横倒しの姿勢から慌てて身を起こそうとした本多にのしかかり、克哉が問答無用で唇を塞ぐ。
あまりの事に、本多は思考も動きも停止させた。
本多の抵抗が小さい事に気を良くしたのか、克哉はガラス越しに笑んでみせると、そのまま、本多の唇を貪る。
しばらくキスを楽しんでから顔を離すと、本多が赤い顔で克哉を見上げて呟いた。
「な、なんで…いきなりキスなんて」
「何だ。俺とのキスは嫌いか?」
「んなわけねえよっ」
即座に反論する辺り、つくづく可愛い奴だ、と克哉は満足げに肩を揺すった。
「そうじゃなくて…その、こないだので、しばらくお預けだとばかり…」
「ああ。そういう事か」
確かに、先日、しばらくできないから、と屋上で本多を抱いた。
それは嘘でも何でもなく、イタリア行きの準備で、そんな暇もないだろうと見越した上での言葉だったのだが。
「忘れ物を思い出したんだ」
克哉は本多が動けないよう両手を彼の顔の横についたまま、ニヤリと笑んでやる。
「忘れ物?」
「ああ。―――このベッドで、お前を抱き損ねていた事をな」
言い終えて、鈍い本多が克哉の言葉を理解するより早く、彼の着ているTシャツをめくり上げる。と同時に、逆の手でルームパンツのウエスト部分を掴み、一気に引き下ろした。
「ちょ、えっ!? ま、待て、克哉!」
「待たない。時間が惜しい。さっさとやるぞ」
「そ、そうじゃなくてっ! また俺が下かよ!?」
「当然だ」
「し、しばらくできないって言うなら、一度くらい俺にお前を抱かせ…ふわっ!?」
むき出しになった腹を撫で上げると、本多は派手な声を上げた。その手が克哉の肩にかかり引き剥がそうとするが、克哉に責められながらなので、上手く力が入らない。
「やめ…克哉…っ」
「なあ、本多。この部屋、壁の薄さはどれくらいだ?」
本多の体をまさぐりながら、克哉は耳元で囁くように尋ねた。
「どれ、くらい…って…そんなの、知るかよ…っ」
「あまり大きな声で怒鳴ると、隣に聞こえるんじゃないか?」
克哉の挑発めいた言葉に、本多はカァッと頬どころかうなじまで紅潮させた。
「てめ…っ」
「俺は構わんが、お前は、まだ数日はここに住むだろう?」
「この、性悪っ!」
「ご名答」
歯ぎしりする本多に答えてやると、わざと音を立てて肌を吸う。
本多は、大きな声も、物音も立てられないと知り、必死に唇を噛み、シーツを握り締めて克哉の愛撫に耐えている。
抵抗が薄いのは楽でいいが、声まで堪えさせてはつまらないな、と克哉は本多のものを手で弄びながら、己の失敗を悟る。
だが、まあいい。
一回戦が終わった後で、種を明かしてやればいいのだ。
この部屋を尋ねる直前、隣室の住人が旅行鞄を手に外出して行った事を。
だから、壁の薄さを気にする事なく、二回戦では好きなだけ大声で啼かせてやろう、とほくそ笑み、克哉は本多の体を隅々まで味わうことにした。
※本番書き損ねたけど今日はこのくらいで勘弁してやらぁ←